事例紹介

埼玉福興株式会社(東京オフィス)

事業者情報

埼玉福興株式会社(東京オフィス)
所在地: 東京都杉並区西荻北5-25-2
業種:ギャラリーカフェ
従業員数:4名

デザインやアート関連の展示を行うギャラリーを運営

中庭の池の水面は鏡のように空を映し出し、一軒家を丸ごとリノベーションした室内に自然光がたっぷりと注ぎ込む『ギャラリーみずのそら』は、東京都の認証を受けたソーシャルファーム。都心であることを忘れさせるほど落ち着いた温かみのある空間では、デザインやアートなどに関するイベントが定期的に開催されています。このギャラリーを運営管理する埼玉福興株式会社の代表である新井利昌さんに、この活動にかける想いや理想のソーシャルファームの在り方などについてお話を伺いました。「埼玉福興が東京都のソーシャルファームとしての認証を受けたのは、2022年です。現在は、西荻窪にある一軒家を改築した『ギャラリーみずのそら』で就労に困難を抱える方2名に勤務していただいています。一人はイベントを開催する際の告知動画の作成など、クリエイティブに関する業務を担当してくれていて、もう一人の方には経理などのバックオフィス業務を幅広くお願いしています」と新井さんは教えてくれました。
西荻窪駅から徒歩10分。閑静な住宅街の中にある『ギャラリーみずのそら』は、開放感あふれ、明るく落ち着いた雰囲気
西荻窪駅から徒歩10分。閑静な住宅街の中にある『ギャラリーみずのそら』は、開放感あふれ、明るく落ち着いた雰囲気

これまでのやり方には当てはまらない方にも、活躍できる場所を

代表の新井さんが目標としているのは、「一生涯の暮らしを考えたトータルな支援の創造」。その一翼を東京都認証ソーシャルファームの『ギャラリーみずのそら』が担っているそうです。「以前私たちが運営していた施設は、単純作業などの業務を請け負っていたのですが、取引先の海外移転や作業の機械化によって仕事がなくなってしまいました。食べるものに関することなら、このような状況に陥ることなく長く続けられるのではないかと考え、農業に舵を切りました。掲げたテーマは『農福連携』。農業と福祉の連携を通じた活動の中で自信や生きがいを創出する社会参画を実現することで、就労に困難を抱える方の“働く場所づくり”に取り組むことにしました。地域の農家さんの協力を得ながらの米づくりや野菜づくりに加え、小豆島の農家さんから譲り受けたオリーブの木を植えて農園を運営。そこでつくったオリーブオイルが国際的なコンテストで金賞を受賞するまでに成長できました。しかし、高齢になるにつれ農業に従事するのは厳しくなってきますし、そもそも農業には向かないタイプの方もいます。そこで、そういった方たちの活躍の場としてギャラリーを設立。一生涯の暮らしを考えた、トータルステージを創造しました」。
「断ってしまうことはせずに、誰でも受け入れる環境を整えるのが私たちの使命です」と新井さん
「断ってしまうことはせずに、誰でも受け入れる環境を整えるのが私たちの使命です」と新井さん

対話を通じ理解を深めることで、“一人ひとりを見た対応”を

農福連携から新たにギャラリー運営での就労支援を実現した新井さんに、就労に困難を抱える方と働く上で意識していることを教えていただきました。「私たちが目指すソーシャルファームは、社会的健康を維持しつつ発展させる場所です。一人ひとりとの対話を大切にしながら相互理解を深め、通り一遍ではなく“きちんと本人を見た”ケアを行っていきたいと思っています。バックオフィス業務を担当してくれているスタッフは障がいが原因で外出をすることが高いハードルとなるのですが、Excelなどのソフトを使いこなす技術は超一流です。彼女にはリモートワークで働きながら得意を活かしてもらっています。業務のやりとりはチャットやメールが中心ですが、体調が悪いときは本人が何も言わなくても文章の組み立てがいつもと違う雰囲気になるのでフォローを入れるようにしています。こういった“人間 対 人間”だからこそできるやり取りを大切にできるのが、ソーシャルファームの利点だと思いますね」。
変芸自在のギャラリースペースでは、定期的にさまざまな展示会が開催されている
変芸自在のギャラリースペースでは、定期的にさまざまな展示会が開催されている

今までのすべてのことが無駄ではなかったと感じられました

スタッフのいさおさんは『ギャラリーみずのそら』で、イベントの告知動画やアニメーションの作成などを担当しています。私は大学受験の頃に心身のバランスを崩し、イラストレーターとして活動しながらも様々なアルバイトをしていました。ここで働くことになったのも、スタッフの方に声をかけていただいたのがきっかけです。『ソーシャルファームという働きづらさを感じている人をサポートする場所をつくるのだけど、力を貸してもらえないかな?』と誘ってもらったんです。今はギャラリーでイベントを開催する際にSNSに掲載する告知用アニメーションの制作や劇場に飾るフラッグなどのデザインを中心に担当しています。そのほかにアーティストさんとコラボして私がつくったアニメーションに音楽をつけていただいたり、紅茶のパッケージデザインを任せてもらったりしているんですよ。さらにカフェ営業のときはお茶を出したり、お花屋さんのバイト経験を活かしてお花を生けたり。イラストレーターとしてポップアップショップに出店したこともあるので、イベント時にはレイアウトを組むこともあります。これまでつらいこともあったけど、今までやってきたことのすべてがここで役立っているんです。昨年はとある施設でワークショップを開催したのですが、“りんご”という同じテーマでも十人十色、それぞれ異なる絵ができあがりました。それと同じように“働きづらさ”と一言で言っても、事情は一人ひとりまったく違うのです。私はこれまで働きづらさ=精神的なものだと思っていましたが、人それぞれ違う課題を抱えていることを知りました。このように想像力をもって人と接するようになれたのは、間違いなくここでの経験がきっかけ。『ギャラリーみずのそら』に来てよかったです」。
自分が担当した仕事に対して評価や感謝してもらったときなどに、大きなやりがいを感じるそう
自分が担当した仕事に対して評価や感謝してもらったときなどに、大きなやりがいを感じるそう

働きつづけられているのはソーシャルファームだから

経理を中心としたバックオフィス業務を、リモートワークで行っているOさん。「私が働き始めたのは障がい者の就労支援を行っている会社でリモートワークの研修を受けていたときに、こちらの求人を紹介してもらったのがきっかけです。一般企業は在宅勤務でも週1回程度の出社義務があるところが多いのですが、こちらはリモートワークOKということで私のように足が悪く、地方に住んでいる人間にはぴったりな環境でした。現在は経理として経費入力、請求書や領収書の作成、他社とのやりとりなどを担当。別々の場所で働いているからこそ“報連相”と“確認”を常に心掛けています。新井さんとのやり取りはチャット中心ですが、何かと気にかけてくださるので相談もしやすく、コミュニケーション不足にならずに済んでいます。私が入院することになった際、『復帰は自分のペースでゆっくりでいいからね』と言っていただけたときは、本当にありがたかったです」。
自分が担当した仕事に対して評価や感謝してもらったときなどに、大きなやりがいを感じるそう
自分が担当した仕事に対して評価や感謝してもらったときなどに、大きなやりがいを感じるそう

地域に浸透させてこそ、本来の意味でのソーシャルファームに

イタリアで誕生したソーシャルファームにいち早く着目し、2004年から独自に展開してきた新井さんに、今後『ギャラリーみずのそら』で実現したいことをお伺いしました。「どうしても“就労に困難を抱える方を受け入れる”というと皆さん身構えてしまう部分があると思いますが、ギャラリーにソーシャルファームを融合させて“日常の場所”にしていきたいと考えています。いろいろな人が集まってくるこの場所に、自然とソーシャルファームがある。それが地域に溶け込み、やさしい人が隣の人に関心を示して手を差し伸べ、その手が有機的につながることが当たり前の社会となり、世界に広がることを信じています。私が常に思っているのは“いつでも相談できるところ”“やさしい人間”が地域に増えるのが、本来のソーシャルファームのあるべき姿だということ。暗いところで話をしても暗くなってしまうだけだけど、明るい居場所であると感じられるところで話せば、きっと明るく自分らしく生きる道も見つけられるはず。働くことに悩む人が希望を持てる場所を創るために、これからも歩みつづけたいですね」。

(令和7年2月取材)
新井さんは、世界と日本の架け橋となるような、さまざまなソーシャルファームの“ハブ”となる事業も計画しているという
新井さんは、世界と日本の架け橋となるような、さまざまなソーシャルファームの“ハブ”となる事業も計画しているという