事例紹介
事業者情報
20数年にわたるノウハウを活かして、新たな障害者雇用の場を設立
ATUホールディングス株式会社(以下、ATU)は、2012年に福岡で立ち上げられた警備会社。心身の障害がハードルになっている方の雇用を促進している、日本におけるソーシャルファームの先駆けのような存在です。2021年に東京支社を設立し、2023年2月に東京都からソーシャルファームの認証を取得。これまで以上に採用活動に力を注いだ結果、現在同社で雇用する障害者等の割合は正社員の6割にも及びます。このように就労に困難を抱える方の採用に真摯に取り組んできた代表取締役の岩﨑龍太郎さんに、事業にかける想いや東京に進出した理由を伺いました。「ATUを設立する前は同業他社の警備会社で、障害者の雇用に10年以上携わっていました。しかし、その中で壁にぶつかることもあり、自分が理想とする形で障害者雇用を促進するために、福岡でATUを立ち上げました。東京に進出したのは、東京都がソーシャルファーム支援事業をスタートしたのを知ったのがきっかけです。より多くの就労に困難を抱える方たちに活躍の場を提供したいと考え、新しいスタートを切ることを決めたのです」と岩﨑さんは当時を振り返りました。
就労定着支援システムで体調や勤務状況を把握し、会話とサポートの質を向上
東京都からソーシャルファームの認証を受けて活動を本格化したものの、お客様の信頼を獲得するまでは様々な出来事があったそうです。同社の障害者雇用第1号であり、現在は東京支社の支社長 兼 教育リーダーとして活躍する三苫雄一郎さんに、これまでを振り返っていただきました。「安全を守る仕事である警備業と、障害者という組み合わせは相性が悪く感じられる方が多いようで、『本当に大丈夫なの?』という疑問の声を頂戴することが以前は少なくありませんでした。それを解消するには、お客様からの信頼を獲得するのが一番の近道。私たちは一般的な警備会社の5倍もの時間をかけて研修を行った上で、最初のうちは現場にも同行しサポートしています。キャリアアップに向けて資格取得も積極的にバックアップした結果、今では多くのお客様に『安心して任せられる』と言っていただけています」。
警備業における技術向上を支援する一方で、スタッフのメンタル管理に力を注いでいるのもATUの大きな特徴です。「私たちは『SPIS(エスピス)』という就労定着支援システムを導入していて、スタッフに勤務開始時間や終業時間、仕事内容への自己評価に加え、起床時間と就寝時間、体調に関する評価などを入力してもらい、その内容に対して管理者が評価を行っています。精神的な障害のある方は具合が悪くてもギリギリまで頑張りすぎてしまい、ぷつんと糸が切れたようにダウンしてしまう傾向があるからこそ、本人に目線を合わせて日々の変化を見逃さず、“休む”という選択に導くのも私たちの役割の1つ。“私たちは知らなかった”という状況を極力なくすことで、長く働ける環境を構築していきたいと考えています。また、このデータは産業医の先生も確認しているので症状が顕著になった際の見立てが立てやすく、診断の質の向上にも一役買っているんですよ」。
自分のことをわかってもらえているという安心感が、長く働きたいという気持ちにつながっています
2023年の7月に入社した宮川さんは、警備業界は5年以上というキャリアの持ち主。そこまで長く働いていたにも関わらず、なぜATUへ転職することを決めたのでしょうか。「以前勤務していた会社はトップダウン型で、自分なりの意見があってもなかなか受け入れてもらえないことが多々ありました。警備の仕事は好きだったのですが、徐々にその状況が辛くなり、発達障害によるパニックを起こすようになってしまいました。そんなときにハローワークでATUの求人と出会い、より良い環境を求めて転職を決意したのです。私は自分の気持ちを打ち明けるのが苦手なのですが、『SPIS』に入力することで“わかってもらえている”という安心感があります。さらに少しでも異変を感じると、三苫さんがすぐに連絡をくれるのもすごく心強いです。あと警備業は直行直帰が多いのですが、最低でも週1回は会社で振り返り面談が実施されるので、ちょっとした不満をため込まずに済むことも働きやすさにつながっている気がします。管理者の方と話しやすい関係性が築けたATUは、発達障害を抱える私でも長く働ける職場。今は警備関連の資格取得に向けて、サポートしてもらっています」と宮川さんはうれしそうに教えてくれました。
障害に対する“壁”をなくすのが、私に与えられた課題であり、役割です
加藤さんは東京支社の管理者の一人。代表の岩﨑さんとの共通の知り合いから「障害者支援をしている友人に協力してくれないか」と話を持ち掛けられ、その事業内容に大いに共感し入社を決意したそう。「このようなポジションでの仕事は未経験だったので、最初は自分にできるか不安がありました。でも、働く中で気づいたのは健常者でも障害者でもあまり変わらないということ。たとえば、どんな仕事でも新人さんを“長い目”で見るのは当たり前。障害の有無は無関係ですよね。あと障害があるからと言って気を遣うのも違うと思うので、どんな障害を抱えているかは把握してはいますが、先入観を持たずに接するようにしています。まるで友達のような感覚で話せる関係性を築くことで、働く人が自分の価値観を抑え込むことなく活躍できる場所をつくっていけたらと思っています。クライアントさんの中には、まだまだ障害のある方が警備業に携わることを敬遠される方もいらっしゃいますが、『障害の有無はあまり関係ないですよ』と伝えるようにしています。こういった先入観がなくなり、どんな人でも当たり前に働ける社会に1日でも早くなればいいなと思いますね」。
どのような人でも安心して活躍できる世の中にするために──
福岡から東京に進出して3年。軌道に乗りつつある東京支社を牽引する三苫さんに、今後の目標を伺いました。「より多くの就労に困難を抱える方に働いてほしいと考えているため、マンパワーを整えて業務提携先を増やしていくのが現在の東京支社の目標です。それと同時に『支社長として、どれだけの人に寄り添い支えられるのか』という自分に対する課題も新たに生まれましたが、より良い形で実現させるために頑張っていきたいですね」と三苫さんは笑顔でたくさんの想いを聞かせてくれました。そして、最後にソーシャルファームとしてのATUの目標を岩﨑さんに伺いました。「東京都が事業をスタートしましたが、ソーシャルファームの一般の方の認知度はまだまだ高くないのが実態だと思います。そこで私は東京都から業務を委託してもらったり、ときには他の自治体の仕事などを受けたりしながら、ソーシャルファームというものを世の中にどんどん波及させていきたいのです。認知が広がれば、ありとあらゆる分野で就労に困難を抱える方が活躍できる社会を実現できます。目指しているのは、健常者側が“相手のことを知らない”“関心を持てない”といった世の中から脱し、みんなが“知る努力”をできる寛容性が高い社会にすること。ソーシャルファームとしての我々の活動が、その一助となるとうれしいですね」。
(令和5年12月取材)