事例紹介
事業者情報
特定非営利活動法人文化学習協同ネットワーク(DTPユースラボ)
所在地:東京都三鷹市下連雀1-15-2 鬼沢ビル203
業種:冊子、名刺、チラシ、Web、動画などのデザイン・組版
従業員数:5名
https://www.npobunka-musashinoss.net/%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%86%85%E5%AE%B9/dtp/
スキルを活かせる仕事を通じて、次へのステップを支えるソーシャルファーム
DTPユースラボの母体は、1974年から約50年間子どもたちの学習支援や不登校児童・生徒の居場所づくり、若者の社会参加や就労支援を行ってきた特定非営利活動法人文化学習協同ネットワーク。働くことに自信が持てない若者をサポートするために、DTPユースラボは立ち上げられました。2015年から構想をスタートし、現在はソーシャルファームとして近隣の自治体や中小企業の定期刊行誌やチラシ、Webサイトのデザインや組版(くみはん)などの事業を展開しています。立ち上げに込めた想いを、統括責任者の髙橋 薫さんに伺いました。「私たちはDTPユースラボをスタートするまでは、パンの製造・販売や、小麦などの生産を行う農場での仕事体験を通じて、働きたくても働けない若者が次のステップに進むための支援を行ってきました。しかし、引きこもりがちな若者の中にIT企業で働いていた人やITの専門的な知識を持った人も多くいたため、彼らがスキルを活かしながら働ける場を新たにつくれないものか…と考えていたのです」。事業内容として、パソコン上でデザインや組版を行うDTP(DeskTop Publishing)を選択したのはどのような経緯だったのかお聞きしました。「若者の就労支援を行ううちに『不登校・ひきこもりの親の会』の代表の方と知り合ったのですが、その方が印刷会社を経営されている方でした。お話をする中でDTPオペレーターの不足から、その仕事を海外に委託している印刷会社が多いことを知りました。この業務を私たちのもとで請け負うことで、働くことに自信を持てない若者たちが新しいステップへ進むための場所を用意できると思ったんです」。
弱みを共有できる信頼関係を築きながら、互いを支え合う職場を目指す
「引きこもり経験などがある若者への支援では既に基盤がありましたが、DTPに関する事業はゼロからのスタート。最初は、立ち上げのきっかけとなった印刷会社の経営者の方にご協力いただきながら研修を行い、就労に困難を抱える方々にDTPの基礎を学んでもらいました。例えば、パン屋の運営に携わったスタッフは、原材料である小麦やパンの具材も自分たちで手づくりすることで、完成に至るまでの“ストーリー”を語れるようになります。パンの製造とDTPは別ジャンルの仕事ではありますが、習熟するにつれ“イチから手掛けたストーリーを語れるようになる”という点では同じ。良いものをつくるのは大変ではありますが、それがおもしろさであることを理解してくれるスタッフが徐々に増えていきました」と髙橋さんはうれしそうに教えてくれました。そして、DTPユースラボは2023年に東京都からソーシャルファームとして認証を受けました。「私たちは東京都の認証を受ける前から、海外のソーシャルファームの取り組みを知っており、社内で既に『ソーシャルファーム事業部』を立ち上げていました。そういったこともあり、とても自然な流れで東京都の認証制度に応募する流れになりました。私がDTPユースラボを運営する中で大切にしているのは、“完璧な自分でなくても大丈夫なんだ”と思える場所にすること。一度社会生活から距離をおいてしまった人は、他の人が完璧に見えてしまい自己評価を下げてしまいがちです。でも、実際のところは誰もが完璧ではありませんし、弱く思える部分があるものです。もちろん時間はかかりますが、“弱み”を共有できる信頼関係を築くことで、お互いに支え合える職場にしていきたいですね」。
自分の作った本を見た方から、仕事の依頼が入ったときは本当にうれしかったです!
中村さんはDTPユースラボの主力メンバーの1人。進学後、就職というルートにのることができずに引きこもりを経験しましたが、7年前にDTPの研修を受けたことをきっかけに6年前から本格的に勤務し、現在は担当業務だけでなく後輩の指導も担当しているそうです。「私は主にマニュアルや冊子といった印刷物の紙面に、パソコンで文字や写真・図版などを配置して紙面を作り上げていく組版という作業を担当しています。中でもフォント選びにはこだわりがあり、美しい仕上がりになるように、試行錯誤するのが仕事をする上でおもしろさを感じている点です。お客様から、自分が作った本を見て仕事をお願いすることを決めたと言っていただけたときは、良い仕事ができたことを誇りに思うと同時に、“本当にやって良かった!”とうれしく感じました。現在は紙媒体が中心ですが、ゆくゆくはWebのデザインにも挑戦したいです」。
講演会の動画の撮影や編集を担当。できることを1つずつ増やしている最中です
2022年8月から勤務している櫻井さんは、大学院でのつまずきをきっかけに引きこもっていた時期がありましたが、『むさしの地域若者サポートステーション』での職場体験を経てDTPユースラボで勤務するようになりました。「私がここで働き始めたのは、引きこもっていたときのことを気にせずに受けて入れてくれたこの職場に、安心感をおぼえたからです。入社後は、先輩のレクチャーを受けチラシを制作するところからスタートし、現在は講演会の動画の撮影や編集などの業務を担当しています。入社から1年4ヶ月経ちましたが、「働き続けられている」ということが今の自分の大きな自信になっています。私にとってDTPユースラボは、髙橋さんのように自分の将来のことも考えて接してくれる人がいる大切な場所。これからも、少しずつできることを増やして貢献していきたいと思います」。
ここで学んだデザインスキルを活かして、次の道へ進むことを目標としています
Eさんは、就職活動の際に自分に対する自信を持てなくなってしまい、働くことができない時期を過ごしていたそうです。「大学ではデザインの勉強をしていました。働くことができなかった時期は、友人から依頼されたものをつくったりしながらデザインを続けていました。『むさしの地域若者サポートステーション』の紹介で2022年12月からDTPユースラボで働き始めましたが、この職場は人間関係がすごく良くて、ギクシャク・ピリピリといった雰囲気がなく居心地がいいです。パソコンなどの設備がしっかり整っているので、新しいものにふれながら働ける点も気に入っています。今はWebデザインを中心に作業をしていますが、分からないことでも自分で考えたり、調べたりしながら進めているので、完成したときは達成感があります。次のステップとしてデザイン系の企業への転職を目標としていて、髙橋さんも応援してくれています」。
プレッシャーをかけずにサポートしつつ、さらに事業を拡大し安定した運営を目指したい
DTPユースラボでは、若者が“働くこと”を学んだことで自信を取り戻し、社会人として新しいスタートを切っています。これからも若者の人生に寄り添い、サポートをしていく髙橋さんに、今後の目標をお伺いしました。「私はソーシャルファームで働く彼らにあまり期待はかけ過ぎないようにしているのですが、それは諦めているのではなく、プレッシャーを与えたくないからです。これからも一人ひとりの“やりたいこと”を見つける手助けをして、それを実現するための応援ができればと思っています。現在は自治体からの受注が中心なので、さらに事業を拡大して、安定した運営を続けられる環境をつくりたいです。ありがたいことにスタッフの意識も向上しています。現在は東京都から活動の支援を受けていますが、中村さんは“東京都の支援がなくても、安定して事業を続けられるように仲間を育てるのが自分の役目だ”と言ってくれていて、とても頼もしいです。そして将来的には各地の若者支援をしている団体と連携して、今まで以上に多くの方を支援できる社会を構築していきたいですね」。
(令和5年12月取材)