事例紹介

事業者情報

株式会社サイエンスクラブ(事業開発部)

所在地:東京都中野区中野2-7-12 千光前ファミリーハウス106
業種:科学教室の運営、各種植生調査、地質調査、地下探査など
従業員数:4名
https://scienceclub-8jyo.jp/

キャリアを諦めることなく、“本来の道”を歩める環境をつくりたかった

様々な分野のスペシャリストが講師となり、オンラインやリアルのイベント、フィールドワークを通じて科学のおもしろさを伝えている株式会社サイエンスクラブ。もともとは、従来の学校教育の枠を超えた質の高い教育を提供するために、八丈島の小学校に通う子どもたちを対象にスタートしたプロジェクトで、現在は東京都の中野区と世田谷区二子玉川、大阪府の西成区で事業を展開しています。

ソーシャルファームとして認証を受けた中野の事業所で勤務しているのは、ポストドクターや研究者としてキャリアを積まれた方ばかり。努力をしてそのポジションまで辿り着いたにもかかわらず、心の不調などを理由にキャリアを諦め、別の仕事に就いている人が多いことを社会的な損失だと感じた代表の山下崇さんが、それぞれのもつ才能を活かしながら新しい道に進むための受け皿としてソーシャルファームを立ち上げました。

中野の事業所ではイベントを定期的に開催。中には子どもだけでなく、大人が参加できるものも!

自社で運営するサイエンスクラブの講師として就労に困難を抱える方を雇用

山下さんが立ち上げメンバーとして携わった八丈サイエンスクラブでは、子どもたちが主体となり八丈島の植物や生物をテーマにした実験を行っています。このような子ども向けの活動とソーシャルファーム事業をリンクさせた理由をお伺いしました。

「才能があるにもかかわらず、自分が所属している組織のキャリアパスから外れてしまうと元に戻れなくなってしまう日本の制度に疑問を感じたのがきっかけでした。例えば大学院で研究をしていても、海外で新しい第一歩を踏み出すと日本の大学には籍がなくなってしまいます。結果、帰国後まったく別の仕事に就かざるを得なかった人も少なくありません。私たちはそのような方をサイエンスクラブの講師として雇用しているのですが、 ほかにも病気が原因で就労が困難になってしまった研究者にも同じように自身の才能を生かした環境を用意したいな、と思いソーシャルファームを立ち上げることにしたんです」。

「東京都がソーシャルファームを始めたことは、初年度から知っていました」と山下さん

積極的な声かけで無理なく働ける環境を創出

実は山下さん自身も就労に困難を抱えていた時期があり、その経験もソーシャルファームを運営する上で役立っているそう。「アプリの開発を担当している従業員のAさんは、病気の特性により業務中に突然、集中力 が切れてしまうことがあります。そのときのために事務所内に寝室を用意。 “無理しないで寝てきていいよ”と促して、10~20分休憩をとってもらっています。一般企業とは異なる、このような働き方を提供できるのも、ソーシャルファームの魅力なのではないでしょうか」。

さらに同社で全体のサポート業務を行っているNさんに、就労に困難を抱える方と一緒に働く際の工夫を教えてもらいました。「仕事中はどんな方でも、“具合が悪い”って言い出しにくいですよね。なので、相手の顔を見て異変を感じたら、大丈夫かどうかをストレートに聞くようにしています。時間管理が苦手な方の場合はフィールドワークなどのイベントにも同行して、ある程度時間が経ったら“そろそろ次に行きましょう”といった感じでフォローしています」。Nさんのサッと手を差し伸べることができる優しさも、ソーシャルファームを運営する上で大きな一助になっているようです。

長く働ける場所をつくるためにも、コミュニケーションは必要不可欠だという

様々な事情を抱え植生の専門家としてのチャレンジを小休止することに

植生の専門家として子ども向けのフィールドワークや、大人向けの生涯学習コースの講師をしている高橋孝三さん。一見するとただの1本の木でも、高橋さんの知識をもってすれば成長してきた物語とこれからの展望が参加者にも伝わってくる──そんな温かみと学ぶことのおもしろさを感じられる授業を展開しています。

「大学院では日本産ナツツバキ属の生育環境について研究し、その後は箱根の植物園の学芸員として働いていました。そこで開催するイベントを考えているときに出会ったのが、八丈島に生息する“光るキノコ”についての知識が豊富だった山下さん。実はもう20年近い付き合いになるんですよ」と高橋さんは、山下さんと出会ったきっかけを教えてくれました。

「大学院での研究だけでなく、北海道から沖縄まで様々な山を歩き回りながらリアルな知識を身につけました」と高橋さん

専門的な知識を活かして働ける喜びを実感!

「療養をしながら山岳フラワーガイドもしつつ、造園業やみかんや梅の収穫のお手伝いをしていました。山下さんは私の病気のことも、どんな生活をしているのかもご存じだったのですが、“知識や経験を活かせる仕事をしてほしい”とソーシャルファームを始める際に声をかけてくださったんです。私自身も植生の知識を活かせる仕事がベストだったため、よき理解者である山下さんのもとで働くことにしました」と、穏やかな口調で教えてくれた高橋さん。小田原在住とのことですが、現在はどのような働き方をしているのでしょうか。「普段はリモートワークで、イベント関連の業務があるときは東京に来ています。季節によって変化する都会の植物を見ながら、どんな物語を伝えるかを考えるのが楽しいですね。最近は大阪や和歌山でのイベントにもプログラムを立てるところから参加しています。もみじや地質について子どもたちに説明したんですよ」。ソーシャルファームでもリモートワークの導入により“無理なく働ける環境”ができています。

高橋さんとのフィールドワークは、ただの“景色”として見ていたものを“知識”に変化させてくれる

事業を拡大することで、さらに才能の損失を食い止めたい

植物、歴史、コンピューターサイエンス等、様々な分野におけるスペシャリストの採用に力を入れている同社。 今後の展望を山下さんに教えていただきました。「私たちもリモートワークを導入していますが、コロナ禍で世の中のオンライン化がかなり進みましたよね。現状はそれぞれの拠点で独自の活動をしていますが、今後は八丈島で研究に必要なデータをとって、それを各拠点で解析する…といった感じで連携を深めていきたいです。そしてメインとなるサイエンスマスター事業を成長させて就労に困難を抱える方を雇用する機会を今まで以上に創出していきたいと考えています」。ポストドクターが置かれる現状を把握しつつ、自分自身も働けない悔しさを経験した山下さんによる“居場所づくり”は、社会の新しい価値観の創造につながるかもしれません。

 

(令和5年1月取材)

自分のこととして就労に困難を抱える方の気持ちを考えられるのも、山下さんの強み